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東京高等裁判所 昭和36年(行ナ)183号 判決 1968年6月29日

原告

長沢重太郎

代理人

戸田善一郎

被告

(旧商号 株式会社復興社)

西武建設株式会社

被告

中野工業株式会社

右両名代理人

中島忠三郎

右復代理人

辻本年男

右両名代理人

遠藤和夫

丸山一夫

主文

原告の請求は、棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実<省略>

理由

一本件に関する特許庁における手続の経緯、本件登録実用新案の要旨および審決理由の要旨(編注)が、それぞれ原告の主張のとおりであることは本件当事者間に争いがない。

〔編注〕(特許庁における手続の経緯)

一 被告らは、昭和三十三年一月二十三日、特許庁に対し、原告の権利に属し、名称を「麦の立割装置に於ける整粒装置」とする登録第四六二、三〇一号実用新案につき登録無効の審判を請求したところ(昭和三三年審判第一七号事件)、特許庁は、昭和三十六年十一月九日、右実用新案の登録を無効とする旨の審決をし、その謄本は同月二十二日原告に送達された。なお被告西武建設株式会社は、もと株式会社復興社と称していたが、昭和三十六年十月三十日、これを現商号に変更したものである。

(本件登録実用新案の要旨)

二  本件登録実用新案の要旨は、別紙図面に示すように、「誘導ロール1と切断ロール2とによつて麦を中心部より立割るようにした麦の立割装置において、軸承3に支承した軸4に孔5を嵌合した多数の整粒鈑6の裏面に設けた各溝部7をそれぞれ誘導ロール1の各溝8内に位置させて撥条9によりこれをそれぞれ押えた麦の立割装置における整粒装置の構造」にある。

(審決理由の要旨)

三  審決は、本件登録実用新案の要旨を前項のとおり認定したうえ、「請求人の主張している事実、すなわち、本件登録実用新案と同一の麦の立割装置における整粒装置を施した、いわゆる峡南式麦立割機が昭和三十年十月五日より東京都内日比谷公園において開催された通商産業省主催第六回農機具輸出振興展覧会にM機械株式会社により出品され、公衆に広く展示された事実は、被請求人(原告)もこれを認めている。そして、被請求人は、本件登録実用新案は上記展覧会開会の日から六月以内に登録出願されたものであるから、旧実用新案法(大正十年法律第九十七号)第二十六条において準用する旧特許法(大正十年法律第九十六号)第六条の規定により新規なものとみなされ、したがつて、上記展覧会出品の結果公衆に広く展示された事実によつて、その新規性を失うものではない旨述べている。ところで上記旧特許法第六条の規定は、特許を受ける権利を有する者が出品し、かつ、その者が出品した場合にのみ適用されるものであるところ、上記展覧会における出品はM機械株式会社によるものであり本件登録実用新案の登録出願当時における登録を受ける権利を有する者である被請求人自身によるものではないので、本件登録実用新案については、旧実用新案法第二十六条の規定において準用する旧特許法第六条の規定を適用できないものと認める。したがつて、本件登録実用新案は上記展覧会出品の結果、公衆に広く展示された事実によつて、その登録出願前国内において公然知られたものと認められ、旧実用新案法第三条第一項の規定に該当するので、その登録は、同法第一条の規定に違反してなされたもので、同法第十六条第一項第一号の規定によつて、その登録を無効とすべきものとする」としている。

二本件装置を施した機械が本件展覧会に出品展示されたことは当事者間に争いがないので、まず、右出品展示した者が原告であるかどうかについて判断するに、<証拠>を総合すると、M機械は、その所属する日本食糧機械工業会を通じ本件展覧会の「こま」(展示場所)の割り当てを受けていたが、自社には適当な出品物がなかつたため、原告に対し、さきに原告の依頼に応じM機械において試作した本件装置を施した機械の出品方をすすめたところ、原告は、このすすめに応じて、原告において右の「こま」を借り受け、これを使用して、右機械を出品することになつたこと、展示場所使用料を原告とM機械とが折半したほかは、展示場所における説明担当者その他の世話係は原告において傭入れ、会場における出費は全部原告が負担する等M機械は展示自体には一切関与しなかつたことを認めうべく、これを左右するに足りる証拠はない。そして、これらの事実によれば本件装置を施した機械を本件展覧会に出品した者は、M機械ではなく、原告であるといわなければならない。被告らは、出品者が、原告ではなく、M機械であることは、本件展覧会においては、「こま」を有する者のみが出品する権利を有するところ、原告は、その「こま」を有していなかつた事実からも明らかである旨主張するが、本件展覧会において「こま」の割当を受けたものがM機械であつたことと、原告が前認定のような経緯で本件装置を施した機械を現実に出品したこととは、全く別個の問題に属することは、いうまでもないことであるから、被告らの右主張は理由がないものといわざるをえない。(本件審決は、この点に関し、前摘記ののとおり、出品者が、原告ではなく、M機械であることは、原告もこれを認めるところであるとしているが、<証拠>によるも、そのような主張をしたことを確認し難いのみでなく、そもそも実用新案に準用される旧特許法第六条の規定を援用する原告が、みずからを出品者でないとする主張をするという矛盾をあえてしたものとは到底解し難い。)また、被告らは、旧特許法第六条にいう出品とは、特許を受ける権利を有する者が自己の名において出品した場合に限るものである旨主張するが、そのように限定しなければならない理由はなく、被告らの右解釈は、特許を受ける権利者を保護して、その博覧会等への出品を奨励しようとする同条の趣旨にそうものとはいい難く、当裁判所のにわかに賛同しえないところである。

しかして、原告が本件展覧会開会の日より六月以内に本件実用新案の登録出願をしたことは、当事者間に争いのないところであるが、原告が右出願につき旧特許法施行規則第四十一条所定の手続を履践しなかつたことは原告の自認するところであり、原告は、この懈怠により、実用新案に準用される旧特許法第六条の規定による利益を受けることができなくなつたものといわざるをえない。けだし、旧特許法第六条は発明が公知公用となつた場合の例外を定めたものであり、その趣意とするところは、特許を受ける権利を有する者が特許出願前に、その発明を一定の博覧会に出品したためその新規性を喪失するに至らしめた場合においては、開会の日より六月以内に出願したときに限り、これを新規なものと看做することによつて、出願人を保護し、特定の博覧会への出品を奨励し、もつてその開催の主旨を全からしめようとするものであるから、出願が同条所定の要件を具備するかどうかは、特許権の効力の不安定を招来することなからしめるうえでも、常に明確にされることを要することは当然のことであり、そのため旧特許法施行規則第四十一条は、出願人に対し、願書は博覧会開会の年月日および出品の年月日を証する書面ならびにその発明に関する説明書および必要な図面を添附すべきことを命じたものと解されるからである。原告は旧特許法施行規則第四十一条は施行規則による単なる手続規定にすぎず、旧特許法の効力を左右すべきものではない旨主張するが、旧特許法施行規則第四十一条の規定のもつ意義性質は上に説示したとおりであり、施行規則における手続規定であることの故に、これに違反する手続をもつて法律上有効なものとすることはできないと解するを相当とするから、原告の右主張は失当である。

(なお、原告はパリ条約第十一条第一項に定める国際博覧会への出品の場合には、旧特許法施行規則第四十一条所定の手続を履践していなかつたため仮保護を受けられないと解釈するとすれば右解釈はパリ条約第十一条第一項の規定に牴触する旨主張する。しかしながら、パリ条約の同項の規定によれば同項の仮保護は同盟国の国内法令に従い与えらるべきものであるから旧特許法施行規則第四十一条の規定はわが国の国内法令の規定として国際博覧会への出品についても適用されるべきは当然である。)

以上説示のとおり、本件登録実用新案は、その登録出願に当つて旧特許法施行規則第四十一条所定の手続を履践せず、このため、実用新案に準用される旧特許法第六条に規定する利益を受けるための要件をみたすに至らなかつたものであるから、旧実用新案法第三条第一号に該当するものというほかはなく、同様の理由からその登録を無効とした本件審決は、結局において正当といわなければならない。したがつて、本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、理由がないものといわざるをえないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。(三宅正雄 影山勇 荒木秀一)

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